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チューリップ       (ユリ科チューリップ属:多年草:草丈 〜センチ:花期 〜月)

DATA

科名:ユリ科/属名:チューリップ属
和名:鬱金香/学名:Tulipa gesneriana

2011/03/27 新潟県立植物園/新潟1号、新潟2号、新潟9号
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2012/04/08 新潟県立植物園のチューリップ

●チューリップ栽培年表(抜粋/敬称略致しました)
1554(天文23年)ローマ帝国の大使ブスベック(1522-1592)が、トルコでエデルネからイスタンブールへの旅行途中、庭に咲くチューリバンと呼ぶ花を見た
1559(永禄2年)トルコからオランダにチューリップ球根が移入された
1828(文政11年)本草図譜(岩崎常正/1786-1742)で、ウェイマンの花譜からチューリップを模写転載して、鬱金香・チュリバの名で日本に初めて紹介した
1863(文久3年)2月フランスからチューリップ球根が日本に始めて渡来した
1880(明治13年)オランダから明治政府に球根27種が寄贈
1897(明治30年)蔬菜草花栽培全書(高橋久四)がチューリップの植栽法を記述した
1904(明治37年)園芸文庫で前田曙山が蓮花水仙の別名と学名を記載、新潟県三島郡来迎寺村(現越路町)神谷の水島義郎(1885-1959)がチューリップの試作に成功生育良好で開花した
1911(明治44年)新潟県西蒲原郡味方村(現新潟市)でチューリップの試作をした
1918(大正7年)新潟県小合村出戸の小田喜平太(1878-1946)がチューリップの試作を始めた
1919(大正8年)小田喜平太が、オランダから種球数万株を輸入して球根生産を始めた
1935(昭和10年)新潟県がチューリップ球根を、アメリカに24万球、中国満州に10万球を輸出
1943(昭和18年)第2次世界大戦で国は不急作物付統制令でチューリップなどの作付けを制限した。新潟県花卉球根同業組合は小谷村に品種保存圃を設置
1946(昭和21年)新潟県小谷村(現新潟市)は、保存チューリップ130品種の増殖を始めた
1948(昭和23年)アメリカに新潟県産球根18万球、富山県産球根10万球が戦後初めて輸出された
1950(昭和25年)新潟県、富山県はオランダから新品種を輸入して品種更新を図る
現在に至る

●チューリップの名の由来
トルコ語では、チューリップをラーレ(Lale)と呼び、トルコ語のトルコ帽の材料のネル布を、ペルシャ語で「Dubbed」と呼び、「チューリバン」に近い発音になる。また、ターバンの語源は、この「チューリバン」という
これから、チューリップの語源は、花の形を頭巾に見立てて名がついたという説が知られている

●チューリップが渡来した時期
日本の渡来時期は、ウェインマン(ドイツ/Johan Wilhem Weinmann)の花譜(植物図譜)にまでさかのぼり、チューリップの15枚の彩色図と解説文があり、ドイツ語、ラテン語、オランダ語版の3種類がある
推定では、1748年に出版されたオランダ語のものが江戸時代に渡来したと考えたられる
1773年(安永2年)杉田玄白は、1770年の一関の医師建部清庵の質問書にウェイインマンの図書があると答えている
また、1780年(安永9年)か1782年(天明2年)に、オランダ商館長チチングが、福知山藩主朽木昌綱に贈呈したという記録がある
江戸時代の本草学者宇田川榕菴(1798-1846)がこの花譜を所蔵していて、岩崎常正が借用して、本草図譜にチューリップ図を模写転載した

●チューリップ球根の渡来した時期
1913年(大正2年)田中芳男男爵の喜寿の祝いの経歴談で「文久3年にフランスからヒヤシンスなどと共にチューリップが渡来した」という講和をしている。これから文久3年2月にチューリップが渡来したと考えられる
この講和では「球根の方はチューリップ、ヒヤシンス其他水仙の珍奇なものまであって、それは日本人には珍しかった、其時チューリップと書いた字が読めないで、キューリップと読んだ、其後チューリップということが分かった」という

●日本で最初にチューリップの花が咲いた場所
1863年(文久3年)2月、フランスから渡来したチューリップ球根は、幕府の物産所に植えられたことは田中芳男男爵の経歴談で分かるが、旧暦2月(現代3月)という季節はずれでの栽培は、という疑問が残る
田中芳男男爵は、洋書調査所(物産局)の空き地を耕し植栽したという
では、文久3年当時の蕃書調所(物産所)の現在の所在はどこか、一ツ橋門外の護持院原という記録が多いが千代田区は、現在千代田区九段南1丁目の九段会館の隣の交番裏手に、蕃書調所の所在を示す標柱があるが、蕃書調所の記念碑が無い
年表日本博物学史(上野益参)には、護持院原の西に四番原があったと記載があり、江戸切繪図集成第二巻近江屋板・駿河台小川町図(嘉永2年)でも確認できる
一ツ橋御門から北に行き、右手(東)に三版御火除地、板倉伊予守屋敷、榊原式部大輔屋敷、左手(西)に四番御火除地、松平紀伊守屋敷と記載がある
この四番原(四番御火除地)は、現在の一ツ橋の位置から、一ツ橋2丁目1番と、千代田区教育委員会でも推測していることから、四番原は、開成所から明治2年に東京大学前身の大学南校、東京高商現在一ツ橋大学があった場所である
日本で最初にチューリップの花が咲いた場所は、現在の東京都千代田区如水会館や学術総合センターということになる

写真は、上段から、新潟1号、新潟2号、新潟9号
新潟1号:桜小雪:品種登録2007年/交配1987年(ジョーゲット×ホワイトドリーム)開花期は白色、ふちの桃色がだんだん広がる、花壇に向く、4月下旬頃開花
新潟2号:メリープリンス:品種登録2007年/選抜1994年(メリーウイドーの枝変わり)赤色に白覆輪、生育早く旺盛、切花、花壇に向く
新潟9号:スプリングファンタジー:品種登録2007年/交配1989年(マギール×ダイトニア)咲き始めは白色、縁の桃色がだんだん広がる、花壇に向く、4月下旬頃開花


参考文献:チューリップ歩みと育てた人たち(チューリップ文庫)/新潟県花卉球根新興協議会
Canon EOS5D/TAMRON DI90mm MACRO 1:1

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Photo Masayuki Tsuno
E-yakusou.com 2-6-2,sakaihigashi,nishi-ku,Niigata-shi,950-2041,Japan